「食」のプロたちに聞く“美味しい”って何!?~Vol.02林伸次×有賀薫~


スープ作家の有賀薫さんという方がいます。レシピ本は多数出されていますし、テレビにもよく出演されているのでご存知の方も多いんじゃないでしょうか。有賀さんとは何かとご縁があり、よく僕のお店のカウンターでお酒を交えながら話すことがあるんですが、とにかく論理的な思考をされる方でとても魅力的な方なんです。

“食のスペシャリスト”の方たちに「美味しい」からはじまる「食」のお話をいろいろ聞いてみるこの連載、第2回は有賀さんに料理研究家としてレシピの作り方や、味の移り変わり、美味しいってどんなことなのか、たっぷりと聞いてみました。

有賀薫(ありが・かおる)さん
1964年、東京都生まれ。ライター業のかたわら、家族の朝食にスープをつくり始める。2011年より始めた朝のスープづくりは、約3000日にわたって続けている。2018年には『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)が第5回料理本大賞入賞。スープの実験イベント"スープ・ラボ"をはじめ、スープをテーマにしたイベントを多数主催。著書に『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ)、『スープ・レッスン』(プレジデント社)がある。


-今日は有賀さんにたくさん聞きたいことがあるんです。まず有賀さんがどういう風にしてスープ作家になったのか教えていただけますか?

10年ちょっと前に息子を朝起こすためにスープを作り始めたんです。それで作ったスープを毎日写真に撮って、SNSにアップしていたんですね。毎日コツコツ続けていたら365日分たまったので、今度は展覧会をやってみたらすごく反響が大きくて、SNSのフォロワーが増え始めました。そのあたりから「これは“スープ作家”として1冊レシピ本を出してみたいな」って思ったんです。


-レシピ本を作りたいと思って、そこからどうやって営業されたんですか?


とりあえず企画書を書いて出版社に送ったんですが、ダメでした(笑) 企画会議に通らなかったんです。理由は私が有名じゃないということと、どこかで修行したとか、ヨーロッパに行ってスープを食べ歩いていますとか、そういう話題になるようなキャリアが何もなかったからです。

-なるほど。僕も本の帯に必ず「渋谷でバーテンダーを25年間してきた著者が見た人間模様」とかって書かれるんです。そういう“読者が手に取る何か”って必要みたいですね。


-その後はどうされたんですか?


本を出したいと思ってから、実際に書店に並ぶまでは2年ほどかかりました。その間にスープ作家を名乗ろうと決めて、スープ・ラボという架空の実験室を作ったんです。お友だちの事務所を借りて、「出汁パックっていろいろ種類があるけど、それぞれ何が入ってるかを比べたことはないね。じゃあいろいろ買ってきて作ってみよう!」という感じで、スープを作っては食べ比べ、味を足したり引いたりしながらおいしいレシピを追求する実験室を始めて、その内容をnoteの記事にまとめていきました。

私はプロの料理家としての知識がゼロだったので、例えばどのくらいの種類の出汁があって、それぞれどんな違いがあるのか、というのがわからなかったんですね。なので、勉強の意味も込めて、たくさんの知識を蓄えたいと思って始めたんです。でも1人でスープを作っていると正解がわからない。なので、編集者の知り合いを呼んでとか、料理に詳しい人を呼んでとか、毎月一回スープを囲んで人が集まるイベントにしたんです。


-そうだったんですね。僕もnoteを読んでいましたが、比較実験の記事ってすごくシェアされやすいし話題になりやすいから、あれはきっとバズらせることを狙って書いていたんだと思ってました。

バズらせようと思って記事を書いたことは一度もないです。これまでバズったことがあるのは「クリームソーダを作ってみました!」とか、「ホットケーキを焼いてみました!」とか、スープではなくて遊びで作ったものなんです。ただ、バズるからといってそうしたものをやるとそもそもの目的が違いすぎてしまうのでスープのみを扱っています。

-スープ作家としての地位を確立するというのが目的だから、そうした方が良いわけですね。ところでスープは小さい頃から好きだったんですか?

父親が昭和6年生まれなんですけどとっても料理に関心があって。ポトフとかクラムチャウダーを食べたがる父に、母が『暮しの手帖』とかを見ながらよく作っていたんです。私もそれを食べて育ったのでスープが好きになりました。父はこだわりも強い人で。晩年は築地で鰹節を買ってきて、毎朝味噌汁の出汁をとったりしていました。料理に対するマニアックさは父譲りです。


私の家はとても特殊な家庭で、同じ敷地の中に父の兄弟6世帯が一緒に住んでいました。みんな人を招くのが好きで、すぐに家に人が集まってくるんです。そうすると招いたお客さんのために、家にあるもので何かをつくろうっていうことでよく料理は作っていました。

-え?同じ敷地に6世帯ってなんかすごい環境ですね。その話を詳しく聞きたいくらいなんですけど、これまた「美味しい」とは違う話になりそうなので、そろそろ料理に関する話につなげていきますね(笑)


-日本の家庭の食卓って、お酒があるかないかですごく風景が変わるじゃないですか。有賀さんの実家はお酒をよく飲む家だったんですか?


すごく飲みます。宴会も多い家で、母は料理を一人でやるのが大変そうでした。私たち娘はみんな料理が好きなので、料理の本を見ながら、「じゃあちょっと今日はおつまみになるようなミートパイを作ってみようか」みたいなことをやっていました。


-娘たちがおつまみになるようなミートパイを作ってくれる家庭! 僕もお父さんをやっているのですごく羨ましいです。そんな大家族を出た結婚後、有賀さんのつくる料理は変わりましたか?


うちの夫がお酒を1滴も飲まないので、定食スタイルで出さなきゃいけないのにびっくりしました(笑) 実家だとお酒を飲む人たちばかりなので、「これ食べておいて」ってはじめに何かを出して、その間にまた母が何か別の料理を作って、最後にご飯と味噌汁を出せば良かったんです。あと夫がすごく好き嫌いが多くて、困りました。でもその制約が私にとっては試行錯誤ができるので面白くもありました。

-制約が面白いってまたすごくクリエイティブな発想ですね。やっぱり有賀さんって何かお題があって作っていくのがいいんですね。


-その後、有賀さんはお母さんになって平成の日本を眺めてきたと思うんですが、日本の料理ってどんな風に変化していったと思いますか?

80年代くらいまでは、「美味しいもの」と「不味いもの」がいっぱいありました。例えば、コンビニのお弁当や給食も昔は美味しいと感じたことはなかったです。でも、結婚してから料理をする時間が取れず、近所のコンビニのお弁当を買ってみたらすごく美味しくてびっくりしました。80年代後半から90年代くらいの間にグルメブームみたいなものがあったと思うんですが、そこで“美味しい”に対する世の中の感度が上がって、 “不味い”と思うことが少なくなった気がします。平成以降の変化で言うと、美味しいことに加えて“健康志向”が出てきましたね。80年代にウーロン茶が出た時に、「これを飲めば痩せる」って文脈で打ち出していたんです。そうか、人は痩せるためにウーロン茶を飲むんだって強烈に思ったことがあります。


-確かに痩せるって大きいですよね。僕もバーテンダーをやりながら、健康になりたいって“美味しい”の流行を変えるなぁっていつも思っています。赤ワインはポリフェノールが入っているとか、化学薬品を使わないナチュラルワインとか、健康意識って大きいですよね。僕たちバーテンダーはお客様が求めるお酒と、自分たちが紹介したいお酒のちょうど中間をとるように、バランスを考えながら毎日提供しているんですけど、有賀さんは毎日つくるスープのレシピはどんな風に考えているんですか?


私の場合は順列組み合わせのやり方で。例えばキャベツのスープを作ろうとなったとき、まず洋風出汁、和風出汁、中華出汁と出汁を変えていくとスープ全体の味は変わるじゃないですか。それから切り方も千切りとか、ちぎるとかでまた変化が出せるし、組み合わせる物をキャベツ、ベーコン、鶏、とかで変えてもまた違った変化が楽しめます。それらを次々と実験みたいに組み合わせていくと延々とアイディアが出てきます。

-そうかぁ。それはすごくたくさんありますね。


-今、有賀さんって、テレビや雑誌のようなメディアでレシピを発表する機会も多いと思うんです。そういう場合はどんな風にレシピを考えているんですか?


お仕事の場合は依頼を頂くときに「豚汁」とか「この季節の野菜を使う」とかって注文があります。私の場合、「簡単」とか「時短」っていう制限がまずあることが多いです。例えば、ポタージュの場合そもそも作る時にブレンダーが必要なので上級者向けなんですね。なので私はお仕事でレシピをつくるときはポタージュを選ぶことって少ないんです。ブレンダーを持っていない人が多いから(笑)


あとレシピを見た皆さんのご家庭で実際に作ってもらえなければ意味がないので、レシピの骨組みだけを作って、具材や調味料はご家庭にあるものをちょっとプラスしてもらう、みたいなのを考えたりしています。

-なるほど。それも有賀さんにとっては制約の面白さなんですよね。


-僕、レシピに関して前から前から気になっていることがあって。いろんなお店で美味しい料理を食べてみて、そこからインスピレーションを得てレシピを作ることって“あり”なんですか?というのは、飲食店で提供する料理でいうとそれは“あり”なんです。逆に今は「どこそこのお店と同じレシピで作っています」って堂々と書いたりもするんです。

みなさんよく間違えるのは料理とレシピが同じということ。実際は違うんです。たとえば私の場合は「この料理いいな、美味しいな」って思ったら、いったんそれを自分の中で整理して、なるべく作りやすく再現するにはどういったレシピにすればいいんだろう、って考えるんです。作りやすいレシピ、という枠組みを設定すると、どの材料を抜くのかとか、何で代替するのかとか、どういう分量・手順だったら作りやすいのか、というのが浮かんできます。ここがレシピ作りの醍醐味です。


料理研究家がレシピとして世の中に発信しているものは、そのようなプロセスを経てすごく考えて作られているものなのでその料理研究家のものなんです。

-世の中の「料理」と、「レシピ」は別ものなんですね。すごく面白い発見です。さて、ここですごく唐突なんですけど、有賀さんの考える“美味しい”って何だと思いますか?

美味しいと感じるポイントは味のバランスとか、使っている食材のポテンシャルとかだと思います。でも実際は料理家である私も、そうでない方も料理を食べる「シチュエーション」が美味しさに大きく影響しているんじゃないですかね。

-たしかにシチュエーションは大きいですよね。料理家の有賀さんが思う“美味しい”と、そうでない方の“美味しい”との違いって何でしょうか?


私自身はシンプルな味が美味しいと感じてしまうんです。ファミレスやコンビニの料理の味は、私にとっては強めの味に感じます。素材の味が少ないなって思うこともあります。でもみんなにとっての美味しいは、あそこが中央値なんです。

-そういうズレってありますね。僕も毎日カウンターでお酒を出しながら、「このお客様はいわゆる強めの味を美味しいと感じる人なのか、それとも違うのか?」って、常に考えています。


-さてこれ、この連載でみなさんにお聞きする質問なんですが、有賀さんは最後の晩餐で何を食べたいですか?


最後の晩餐って自分で作れないことが多そうだから、味噌汁と白いおにぎりとかどうかな。それだったら誰かに作ってもらうこともできるし、インスタントの味噌汁でもいいかなって。

-この最後の晩餐に何を食べるって、その人の個性が出るのですが、人生が終わる瞬間の台所の状況を想像しているのがすごく有賀さんらしくておかしいですね。有賀さんってよくいろんな飲食店に行った感想も書いているじゃないですか。あれ、すごく興味深くて好きなんですけど、もし有賀さんが飲食店をプロデュースするとしたら、どんなお店をしますか?


丸の内のお昼のOLさん向けに、可愛い屋台で、スープ三種類くらいあって選んでもらって、パンを切っておいたのを好きなだけどうぞっていうの、どうですか?(笑)

-すごくいいですね! どこかに企画を持っていって、有賀薫プロデュースって書けばそこで有賀さんの本まで売れそうです。他には何かありますか?

私、サッカー好きなのですが、Jリーグ浦和レッズの大ファンなんです。で、スタジアムに屋台が出ているんですけど、そこで焼きおにぎりと豚汁の屋台をやればいける! って思ってるんです(笑) 「赤鬼」っていう店名で、プレーンな焼きおにぎりがレッズのおにぎりで、対戦相手のご当地おにぎりがもうひとつ出るの。それを食べて勝つぞっていうの、面白そうですよね(笑)

-アイディアが本当に自由で、そういう想像力がクリエイティブに繋がっているんだなと思います。有賀さん、どうもありがとうございました。美味しいって、とっても面白いですね。



ーーー 取材の舞台裏 ーーー

林さん「有賀さん、そんなノリノリでやってくれちゃっていいんですか(笑)」

お酒もお好きということで、取材終わりにりんごのお酒をサラッと1杯(by編集部)

【連載一覧】「食」のプロたちに聞く“美味しい”って何!?
vol.1:LE CAFE DU BONBON 久保田由希さん
vol.2:スープ作家 有賀薫さん
vol.3:Mountain River Brewery 山本孝さん
vol.4:café vivement dimanche 堀内隆志さん
vol.5:株式会社カゲン 代表取締役 中村悌二さん
vol.6:料理研究家 口尾麻美さん

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